伊藤憲孝・仲谷沙弥香/二人のピアニストによるリスト「巡礼の年」(全曲・後編)

ちょうど1年前に催した演奏会では前編(第1年「スイス」第2年「イタリア」)が演奏され、今回の後編では、残る第2年補遺「ヴェネツィアとナポリ」と第3年、そしてソナタロ短調、というプログラムを組み、2人のピアニストに依頼しました。そして、関連する映像を前回同様に岡崎隆一さんにお願いしました。演奏会を計画する時にいつも考えるのは、演奏者にとっても、聴き手にとっても、主催者にとっても、なんらかのチャレンジのあるものにしたい、ということです。誰もが知っているような名曲の演奏会を否定はしないけれども、自分がオーガナイズするものなら、新しい発見の喜びや深く思索する楽しみに誘うものでありたいと願うのです。リスト「巡礼の年」は、高校生時分初めて触れ、よくわからないながら、ずっと聴き続けて来ました。だから、催す私自身が、ひょっとするとその喜びを最も享受したのかもしれません。でも、相変わらずよくわからないこともあります。第2年補遺「ヴェネツィアとナポリ」は3曲からなり、リストはこの3曲を必ずまとめて演奏するように指示しているとのことです。曲想から考えて、必ずしも3曲が緊密な関連を持って構成されているようには感じられないのに何故だろう。根拠があるわけではありませんが、ふと三位一体説を示しているのではないか、と思い至ります。「第3年」は全7曲、ついでに言うと、「第2年イタリア」も全7曲、「第1年スイス」は全9曲(3×3)です。バッハにもよく見られる、キリスト信仰における数の象徴を示しているように思えるのです。また、これもどこかに書いてあったわけではないのですが、第3年の第5曲「哀れならずや」、第6曲「葬送行進曲」、第7曲「心を高めよ」は、作曲のモチーフはそれぞれ異なっているようですが、ひと続きにたどると、私には、キリストの受難、死、そして復活を暗示しているように思えるのです。バッハも器楽曲の中に、キリストの物語を背景に忍ばせているものがありますが、時を隔ててリストも同じようなことを考えていたのではないだろうか、などと考えてしまいます。仲谷沙弥香さんの演奏は、身も心も楽曲に捧げ尽くしたかのようで感動的でした。伊藤憲孝さんの演奏は、知的に計算され、随所にあっと驚くような斬新な表現が盛り込まれ眼を見張るものがありました。まったくタイプの異なる演奏をぞんぶんに楽しませてもらいました。岡崎隆一さんの映像もたいへんな労作で、見たこともない映像が次から次へとあらわれ、とても興味をそそられました。この演奏会を実現するのは、手間ひまのみならず、経済的にもたいへんでした。年の瀬にも関わらず、常連のお客さん、それぞれのピアニストのお友だち、延広教会、カトリック教会のみなさん、そして、広報等で知ったと駆けつけて下さった方々、みなさんのあたたかいお心遣いによって、実現し成功することができたことを心より感謝申し上げます。